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ウチの母には隠れた特技がある。
水と米のみを使って食えないご飯を炊くのである。
さて実を言うと、このご飯の作り方は簡単だ。
米を研いだら普通に水を足し、電気釜にいれ、電気釜のモードを保温にする。
そして1〜2時間待てば、食えないご飯の完成である。
何故食えないか。
まずい?
そんな生易しいものではない。
まず、釜のふたを開けた瞬間からいやな違和感に襲われる。
米の表面に艶がないのである。
お粥だって重湯にだって表面につややかな光の反射があるにもかかわらず、この食えないご飯には一切の輝きが無い。
それはもう、きれいなフラットなんである。
そしてシャモジを差し込んだ時のまとわりつくような感触。
茶碗によそうとシャモジが通ったあとはまっ平ら。
「米が立つ」などという言葉は、このご飯 には存在しない。
そして口に入れたが最後、なかなか飲み込むことが出来ない。
身体が生理的に受け付けないのだ。
しかも、それをウチの母は年に何回も作る。
なぜそんなものが出来上がってしまうのかはどんな本にも載っていないのだが、保温状態で過剰にふやけた米が、十分に熱が通ることもなく崩れながら水がなくなるまでふやけ続けるのではないかと思っている。
また、米はこうなってしまったが最後、雑炊にしようがおじやにしようが、どうやっても食える状態にはならないのである。
これは本当に困る。
小さい頃にばーちゃんから「一粒万倍」という話(一粒の米も、種にしてまけば何倍にもなるのだから、一粒たりとも無駄にしてはいけないという、ありがたい教え)を何度も聞かされたせいか、たとえこんなご飯でも捨てられないのだ。
結果、電気釜からこのご飯(と呼んでいいものかどうか疑問だが(^^;;)がなくなるまでコイツを食べつづける羽目になる。
しかも、困ったことに、ウチの母はいつも電気釜の容量一杯で炊くのだ。
今は5合炊きだから良いが(いや、全然よくないんだが)、育ち盛りが3人いた頃は一升炊きの釜だったから、おびただしい量の『ごはんのようなもの』が出来上がっていたものである。
なぜ母がそんなものを作ってしまうのか、またそれを作る必要が何処にあるのかは解らない。
母に聞いても『そんなものは作ってない』というからますます謎である。
今家にいるのは母と僕の二人だけだというのに、母がつくらないとしたら何処の誰がそんな回りくどい嫌がらせをしに家宅侵入の危険を冒すというのだろう。
だが、先日このご飯を見たときは妹が次男を生んだときだったから、ここから一つの仮説を立ててみた。
それは、『謎ご飯≒お赤飯』 説 である。
要するに、例のものは『お祝い』なのだ。
おそらく気づかなかっただけで、その時々に何か祝うようなことがあったのかもしれない。
あのご飯は、母なりの気持ちの現れだったのだろう。
『そんなものは作ってない』という言葉も照れ隠しだと思えば納得がいくではないか。
かあさん、いままで気づかなくてごめん。
2001年5月24日
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